藤澤俊輔 「漫才コラム」と「漫才.コント.落語台本集」

落語のように同じネタをみんなで共有し保存するという素晴らしいシステムを取り入れた「古典漫才」の普及を目指しフリー台本公開中

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漫才よりもコントの方が「オチ」がしっかりしていることが多い理由

 

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少なくとも最近は,漫才よりもコントの方が「オチ」がしっかりしていることが多いように思います。

その理由はなぜか?

それは,「漫才」にはあって「コント」にはないものが関係しているように思います。

 

それは,「いいかんげんにしろ」「もうええわ」などの最後の言葉です。漫才にはこれがあるので,極端な話,全く「オチ」がなくてもこの言葉さえ言えば終われます。

コントの場合は,暗転(舞台が暗くなる)ことで終わりを知らせることが多くなっていますが,必ずしもこれができる環境が整っているわけではありません。暗転が使えないとなると,しっかりとした「オチ」をつけて終わりを知らせる必要が生じます。そういう事情もあって,コントの方が「オチ」がしっかりしているそんな傾向があるように思います。「暗転」がもっと普及すると,それに比例して,コントの「オチ」も弱くなるかもしれません。

 

コントも漫才も「オチのしっかりしたものを見たい!」,わたしはそう思っています。

「オチ」が弱いと,ただおもしろい漫才
「オチ」が強いと,おもしろくて感動する漫才

こういう違いが出てくると思うのですが…

 

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