藤澤俊輔 「漫才コラム」と「漫才.コント.落語台本集」

漫才作家だけで食べていくために「オチを売るシステム」を模索中。「古典漫才」の普及を目指しフリー台本公開中。時々コントと落語


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演じているようで…

漫才はいつも

演じていないようで,演じている
演じているようで,演じていない

これが醍醐味であると思います。

 

漫才には普通台本があるので,それを演じます。例えば,相方のセリフに驚くという場面があれば,驚く演技をすることになります。この場合,「演じてないようで,演じている」という状態である必要があります。(それが「演じる」ということですが…)

 

しかし,同じセリフであっても毎回その言い回しは変化するので,相方のセリフの言い方によって,本当に驚いてしまうこともあります。特に,アドリブを入れた場合には,演じているのではなく,素の反応が出ることがよくあります。

アドリブは,それがアドリブだということが誰の目にも明らかな場合もあれば,アドリブなのか台本通りなのかを識別できない場合もあります。アドリブだとわからない場合,演者は素の反応をしているのに,見ている方は演じているのだと思うかもしれまん。つまり,「演じているようで,演じていない」ということになります。

 

すべて台本通りに演じることしかしないコンビがいるとするなら,そのネタをやればやるほど,本人たちは飽きてしまいます。そしてそれは漫才にも反映され,生気のない漫才になってしまうでしょう。


漫才はいつも

演じていないようで,演じている
演じているようで,演じていない

このような状態が理想的なのではないかと思います。

 

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