藤澤俊輔 「漫才コラム」と「漫才.コント.落語台本集」

漫才作家だけで食べていくために「オチを売るシステム」を模索中。「古典漫才」の普及を目指しフリー台本公開中。時々コントと落語


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靴屋は靴を履かない

客:すみませ〜ん

靴屋:はい〜。いらっしゃいま…あれ?どうしたんです?

客:え?何がですか?

靴屋:いや,何しに来られたのかと思いまして…

客:何しにって……,靴を買いに来たに決まってるじゃないですか

靴屋:え?そうなんですか?

客:当たり前でしょ,靴屋に来たんですから

靴屋:いやでもお客さん靴履いてるから

客:え?履いてますよ,そりゃあ

靴屋:(笑)だったら靴いらないじゃないですかぁ〜

客:何を言ってるんですか?

靴屋:いやだって…,靴を履いてない人が靴を買いに来るんなら分かりますけど,靴を履いてる人が靴を買いに来るなんてねぇ〜。そんな話聞いたことあります?

客:普通みんな靴履いて靴買いに靴屋に来るでしょ!

靴屋:二足目ってことですか?

客:何足目かは知らないですよ。それは人それぞれなんですから

靴屋:そうなんですか?

客:そうですよ

靴屋:じゃあお客さんもしかして,今日は靴を買いに来てくださったんですか?

客:だからそう言ってるじゃないですかっ!

靴屋:いやぁ〜そうでしたかぁ〜。それは奇遇ですねぇ〜

客:何がです?

靴屋:いやぁわたしも今ね,丁度「靴を売りたいなぁ〜」って思ってたところなんですよ

客:……。あのねぇ…,そういうこと,あんまり客に言わないほうがいいですよ

靴屋:え?なんでです?わたしは「靴を売りたいなぁ〜」って思ったから,靴屋になったんですよ

客:分かってますから,言わなくてもそれは

靴屋:そうなんですか?お見通しってことですか?

客:よく分かんないですけど…,それとね…

靴屋:はい,なんでしょう

客:ご主人,なんで靴履いてないんですか?

靴屋:え?何がです?

客:だから,ご主人靴屋なのに,なんで裸足なんですか?

靴屋:なんで裸足かって?

客:えぇ,なんでなんです?

靴屋:お客さ〜ん,わたしを誰だと思ってるんです?

客:誰って…

靴屋靴屋ですよ

客:分かってますよ

靴屋:いや,分かってない。分かってないから,そういうこと聞くんですよ

客:どういうことです?

靴屋靴屋に向かってなんで裸足なのかって聞くなんておかしいでしょ。いいですか,靴屋っていうのは,靴を売る人のことを言うんですよ

客:知ってますよ

靴屋:つまり,靴を売る側の人間ってことです

客:だから分かってますって

靴屋:靴を売る側の人間は靴を履かない。当然のことでしょう

客:いや,別に靴を「履く側の人間」と「売る側の人間」って分かれてないでしょ

靴屋:何を言ってるんですか。例えばね,お客さん,寿司屋に行ったことあります?

客:ありますよ,そりゃあ

靴屋:寿司屋に行くと,寿司を「握る側の人間」と「食べる側の人間」っていうのがいるでしょ。寿司を握る側の人間,つまり板前さんがもし寿司を食べながら寿司を握っていたらどうです?嫌でしょ。嫌じゃないですか?

客:そりゃ嫌ですよ

靴屋:同じことですよ

客:……

靴屋:寿司を握る側の人間が,寿司を食べながら寿司を握っていたらお客さんは嫌な思いをする。だったら,靴を売る側の人間が,靴を履きながら靴を売っていたらきっとお客さんは嫌な思いをするだろうと思いましてね,わたしはいつも裸足で靴を売っている,というわけなんです

客:裸足で靴を売ってる方が気になると思いますけどねぇ…

靴屋:え?なんです?

客:いや別に…。じゃあご主人は,靴を売る時だけ裸足になるってことですか?

靴屋:どういうことです?

客:だから,普段は靴を履いてるんでしょ

靴屋:いや,履いてないです

客:履いてない?

靴屋:はい。わたしは裸足ですね

客:裸足!?

靴屋:えぇ,わたしはいつでも裸足です

客:いつでもって,どこかに出かけるときも裸足で出かけるんですか?

靴屋:えぇ,どこへ行くにもわたしは裸足ですね

客:なんで?

靴屋:なんでって,裸足のほうが気持ちいいでしょ

客:まぁ…そうですかねぇ…

靴屋:靴なんて履いてたら蒸れたりなんかしてねぇ,嫌ですからね

客:じゃあなんで靴屋やってるんですか?

靴屋:それは「靴を売りたいなぁ〜」って思ったから…

客:そういうことじゃなくて,「自分は靴を履くのが好きじゃないのになんで靴を売る仕事を始めたんですか?」って聞いてるんですよ

靴屋:あぁ,それは世のため人のために決まってるじゃないですか!

客:世のため人のため?

靴屋:そうですよ。わたしは靴を履くのは好きじゃないですけどね,普通の人は好きなんでしょ,靴履くの

客:まぁ,好きっていうかねぇ〜,ないと困りますよ

靴屋:でしょ!だからわたしは,ぜひ皆様のお役に立ちたいという思いで,靴屋を始めたんですよ

客:あぁ,そうなんですか…

靴屋:えぇ,そうですよ

客:それなりの志を持ってやっているってことですか…

靴屋:当たり前じゃないですか!…そんなことよりねぇ,お客さん, 丁度いいところに来てくれましたよ

客:え?なんですか?今日,安売りとかやってるんですか?

靴屋:いや,わたし今ね,丁度「靴を売りたいなぁ〜」って…

客:思ってたところなんでしょ

靴屋:なんで知ってるんです?

客:それさっきも聞きましたからね

靴屋:わたしはねぇ,「靴を売りたいなぁ〜」って…

客:思ったから,靴屋になったんですよねぇ

靴屋:それも知ってるんですか?なんでもお見通しなんですねぇ〜

客:……

靴屋:でも,お客さんだって,丁度「靴を買いたいなぁ〜」って思ったから,今日こうしてうちの店に来てくれたんでしょ

客:まぁ,靴屋に来る人は大抵「靴を買いたいなぁ〜」って思った時に,靴屋に行きますからね

靴屋:わたしが今丁度「靴を売りたいなぁ〜」と思っていたところに,丁度「靴を買いたいなぁ〜」って思っているお客さんがやって来た。こういうのを「運命的な出会い」って言うんですよね

客:……。こういうのを…「買い物」って言うんですよ

靴屋:買い物?「運命的な出会い」って言うんじゃ…

客:あのねぇ,全然運命的な出会いじゃないですし,それにそんなことどうでもいいんですよ。こっちは靴を見たいんですから

靴屋:あぁ,そうですね。お客さん,今丁度「靴を買いたいなぁ〜」って思ってるんですもんね

客:だから早く靴を…

靴屋:分かってますって。そんなに焦らなくても靴は逃げたりしませんから。靴っていうのは意外にも,そこに足を入れない限り,自分で歩いてどっかに行っちゃったりはしないんですよ

客:知ってますよ!早く靴を…

靴屋:はいはい。で,今日はどんな靴をお探しですか?

客:あぁ,今日はねぇ,革靴が欲しいなぁと思いましてね

靴屋:革靴ですか。じゃあ,何革にするのかはもうお決まりですか?

客:え?何革?

靴屋:えぇ,そうです。もう決まってます?

客:何の革にするのかっていうのは,前もって決めてくるものなんですか?

靴屋:そうですねぇ。まぁ,最低でも,何革にするのかくらいは,家で決めてから来ますよ,普通

客:家で決めてから来ます?

靴屋:えぇ…。あれ?お客さん,もしかして初めてですか?

客:初めて?

靴屋:えぇ,初めてじゃないんですか?

客:何がです?

靴屋:いや,意外に靴のことあまり知らないみたいなんでね,靴を買うの初めてなのかなぁって

客:そんなわけないでしょ。靴履いてるでしょ

靴屋:あぁ,そういえばそうでしたね。靴買うの初めてだったら裸足で買いに来ますもんね

客:……。裸足で靴屋に来る人なんているんですか?

靴屋:まぁ〜,滅多にいないですね。同業者くらいでしょうね,裸足で靴屋に来るのは。偵察っていうんですか?

客:みんな靴履いてますからね,靴屋さんだって

靴屋:で,どうします?何革にします?

客:何革って,普通牛革なんじゃないんですか?靴って

靴屋:まぁそうですね

客:じゃあ牛革ですよ

靴屋:ちょっと待ってくださいよ。うちはいろんな革で革靴を作るということにかなりのこだわりを持った靴屋なんですから

客:いろんな革って…どんな革があるんですか?

靴屋:まぁそうですね。ワニ革とかヘビ革なんていうのはもちろんありますけど,今ねぇ,じわじわと人気を集めている革靴があるんですよ

客:へぇ〜,何の革でできた革靴なんですか?

靴屋:みかんの皮でできた革靴です

客:え?なんですって?

靴屋:だから…みかんの皮でできた革靴です

客:みかんの皮でできた革靴?

靴屋:えぇ。みかんの皮のビタミンCが足に染み込んで健康にいいという大変画期的な革靴なんです

客:画期的と言えば画期的ですけど,みかんの皮でできた革靴なんて聞いたことないですよ

靴屋:確かにね,まだあまり知られてませんからね。でもねお客さん,これから絶対はやりますよ!

客:みかんの皮でできた革靴が?

靴屋:えぇ,絶対はやります!

客:そんなの分からないでしょ

靴屋:いいえ,絶対にはやります!

客:なんで言い切れるんですか

靴屋:それがですねぇ,丁度今朝のニュースでね,履いてたんですよ

客:え?誰が?

靴屋オバマさん

客:オバマさんて,あのアメリカの大統領の?

靴屋:そう!あのアメリカの大統領のオバマさんが,みかんの皮でできた革靴を履いている映像が流れましてね…

客:え?オバマさん,履いてたんですか?みかんの皮でできた革靴を?

靴屋:そうなんですよ!

客:スーツを着て,みかんの皮の革靴を履いてたんですか?

靴屋:私は映像を見てないんでね,詳しいことは分からないんですけど,まぁでもおそらくスーツでしょうねぇ。オバマさんはスーツしか着ないですからねぇ

客:普段は普段着着てるんじゃないんですか?

靴屋:なぁ,母さん,オバマさんが履いてたんだろ?みかんの皮でできた革靴

靴屋の妻:えぇ,履いてましたよ

靴屋:ほらね。で,オバマさんはスーツを着てたの?

靴屋の妻:えぇ,そうですよ

靴屋:ということは,スーツを着て,みかんの皮の革靴を履いてたってことだよなぁ

靴屋の妻:当たり前じゃないですか。オバマさんはスーツしか着ないんだから

靴屋:ほら,オバマさんはスーツしか着ないって

客:それはどうでもいいんですよ

靴屋:まぁそれでね,今朝急遽,みかんの皮の革靴のオバマモデルっていうのを作ったんですよ

客:そんなにすぐ作れるんですか?靴って

靴屋:すぐ作れますよ。みかんの皮をうまいことむいて,靴の形にすればいいだけですからね

客:それはそれですごい技術ですけどねぇ

靴屋:これなんですよ〜

客:あぁ〜

靴屋:どうです?

客:これがオバマモデルですか?

靴屋:えぇ

客:……。意外にかっこいいですねぇ…

 

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これはフリーの落語台本ではありません。すでに販売済みの台本です。噺家さんの許可をいただき,演劇としても上演されています。何らかの形で使用したい場合は噺家さんの許可が必要ですので,この記事のコメント欄にご一報ください。

 

 

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