藤澤俊輔 「漫才コラム」と「漫才.コント.落語台本集」

漫才作家だけで食べていくために「オチを売るシステム」を模索中。「古典漫才」の普及を目指しフリー台本公開中。時々コントと落語

note販売中
「自分たちにしかできない漫才スタイル」を確立する方法 [¥10,000]
「しゃべくり漫才台本(ネタ)の書き方」と「オチのつけ方」 [¥6,000]

「台本のご依頼」と「当て書きリクエスト」は こちら から

note販売中
「自分たちにしかできない漫才スタイル」を確立する方法 [¥10,000]
「しゃべくり漫才台本(ネタ)の書き方」と「オチのつけ方」 [¥6,000]

「台本のご依頼」と「当て書きリクエスト」は こちら から

「立川志の輔」と「柳家喬太郎」

 

フリーの漫才作家として活動しておりますので,ご支援いただけると助かります。漫才・落語・コントなどのフリー台本使用の謝礼や,「古典漫才」普及のための活動・その他の活動のご支援は note からお願いいたします。

 

志の輔さんが好きな人は喬太郎さんも好き」「喬太郎さんが好きな人は志の輔さんも好き」というような話をよく聞きますが,わたしの場合はちょっと違います。

 

お二人が度々並べて紹介される理由はよく分かりますし,似た印象を持つ方がいるのも分かります。でもわたしは,志の輔さんの落語は大好きですが,喬太郎さんの落語は苦手な部類に入ります。

ちなみにこれは,あくまでもわたしの「好み」の話であって,「うまいとかうまくないとか」「おもしろいとかおもしろくないとか」,そういう話ではありません。

 

お二人とも積極的に新作落語をされていて,「どこにでもいそうな人を演じている」という意味では似ていると思います。では,どこが違うのか?

志の輔さんは,「どこにでもいそうな人」をほんの少しおもしろおかしく表現することで,「笑い」と「リアリティ」と「まじめさ」が共存する落語になっていると思います。

喬太郎さんは,「どこにでもいそうな人」のおもしろい部分をかなり誇張することで,「爆発的な笑い」を生み出しているように思います。その分,「リアリティ」と「まじめさ」が少なく「ギャグ」が多いというかんじがして,わたしは苦手です。

 

「どちらがおもしろいか」を比べるのはまったく意味のないことだと思います。ただ「どちらが好きか」「どちらが好みか」というだけの話だと思います。「笑い」はかなり好みが関係しているので,「おもしろくない」と言える立場の人はいないのではないでしょうか?わたしは,志の輔さんの「笑い」と「リアリティ」と「まじめさ」のバランスが大好き,自分の好みにピッタリ合っている,そう感じています。

 

落語だけでなく漫才やコントもそうですが,自分の好みに合った「笑い」と出会えたなら,それは幸せなことだと思います。

 

note販売中
「自分たちにしかできない漫才スタイル」を確立する方法 [¥10,000]
「しゃべくり漫才台本(ネタ)の書き方」と「オチのつけ方」 [¥6,000]

「台本のご依頼」と「当て書きリクエスト」は こちら から