藤澤俊輔 「漫才コラム」と「漫才.コント.落語台本集」

漫才作家だけで食べていくために「オチを売るシステム」を模索中。「古典漫才」の普及を目指しフリー台本公開中。時々コントと落語

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素の自分と演じている自分

 

フリーの漫才作家として活動しておりますので,ご支援いただけると助かります。漫才・落語・コントなどのフリー台本使用の謝礼や,「古典漫才」普及のための活動・その他の活動のご支援は note からお願いいたします。

 

コントでは,最初から最後まである役を演じ続けるのが普通なので,「素の自分」としてセリフを言うことは通常ありません。「素の自分」のセリフがあるコントもないわけではありませんが,そのようなコントは,シュールなコントという位置づけになると思います。

 

落語では,一人の人が何人もの役を演じますが,こちらも通常「素の自分」のセリフはありません。たまに「素の自分」のセリフをはさむこともありますが,それはもともと決まっていたセリフではなく,アドリブである場合がほとんどです。

 

漫才においては,「素の自分」のセリフを自由にはさむことが可能です。漫才コントの場合はある役を演じますが,最初から最後までその役になりきる必要はなく,途中でコントを止めて,「素の自分」のセリフを入れることができます。もちろん「素の自分」と言っても,決まったセリフを言うことが多いので,「素の自分」を演じるという場合が多いのですが,コント・落語と比べると,「素の自分」という立場のセリフをいくらでも入れることが可能であるというのが,漫才の強みであり,漫才の醍醐味です。

 センターマイクの前で話しているので漫才のように見えますが,中身は完全にコントというものもあります。「素の自分」のセリフが全くないネタです。もともとコントをやっていて,M-1に出るために漫才を始めたというようなコンビに,このようなことが起こりやすいようです。

 

「素の自分」としてのセリフをいくらでも入れることが可能であるという漫才特有の利点を,ぜひ活用してください!